
イーロック・ウォン
マスコミによると、日本社会では、女子高校生の間で「援助交際」という現象が広がり、社会問題になっている。「援助交際」(短縮すると、「援交」)とは何か。社会的にどんな弊害を与えているか。どんな原因でこの問題が起こっているか。そして、この問題に対して、私たちはどう対応するべきか。ここで、以上の点について分析し、その過程を通じて、色々な面で援交の実態をもっと理解したいと思っている。
「援交」とは、女子中高生(主に高校生)が成人男性と付き合い、金品を受け取る、つまり援助してもらうことである。性的サービスを提供しない場合もあるが、なお少数だという。私にとって、援交というのは、「交際」という名目を使うただの売春に過ぎないことである。
もちろん、援交による健康への影響があるが、私はむしろ、無視されがちな心理的な悪影響の方がもっと気になる。援交をしている少女は、自分の体を売る度に自尊心が低下し、お金しか知らずに自分の価値を見失っていくのではないだろうか。それに、知らない男性とセックスをすることを繰り返し、まだ成長中の彼女たちは、おそらく男性を信じることがだんだん難しくなっていくのではないかと思う。「買う」男性に対しても、きちんとした趣味を持つより、少女と性的行為をすることから喜びを得るような生活は、彼らに本当の満足感を与えられるわけではなく、一時の快感でしかないと思っている。
少女たちはそのような弊害を知らないはずはないのに、どうしてまだ援交をするのだろうか。まずは、経済的な要素から考えよう。東京など日本の都会では物価が高いことが原因だと思われがちだが、1997年に実施された援助交際に関する調査によると、それは原因になっていないそうである。家庭が貧しいからではなく、人より高いものを持っていたいという欲望が働くという。実は、援交をしたことがある人のうち、親からたくさん小遣いや欲しいものをもらう人が多いそうである。また、援交の経験がある女子は、家庭が嫌だと思い、親への信頼が低い傾向があると考えられている。親に干渉されすぎ、一方的に考えを押し付けられるのは、援交を促す一因だと考えられるという。それに、高校生は友達に影響されやすいので、友人から経験談を聞き、援交への抵抗を低める可能性が高いと言われている。
そして、日本社会の男女差別にも一因があると思う。男女差別があるので、買う男性は、女性の価値は若さだと思い、少女を支配したいという考えを持っていると思う。そして、売る少女も自己意識が薄いため、自分を商品にする。その点について考えると、どうしてアメリカでそのような問題がないかはわかる気がする。アメリカは男女平等意識が根強いので、アメリカの女子高校生はしっかり自分の考えを持っており、流されやすい日本の女子よりずっと自分の価値をわかっているのではないだろうか。自己意識が強いので、もちろん自分を売るようなことはしない。同じアジアの国のホンコンでも、組織的な少女売春があるが、女性個人が行う援助交際はめったにない。それは、日本人の「建前」に対する考えに関係があるのではないかと思う。本質的には売春だが、「援助交際」という名を付けると、女子高校生は「付き合いの一種だから」と自分に言い訳を付け、自分が性的サービスを提供することに対する抵抗が低くなる。「危機感を持っていない人に、危機感を持てというのは無駄なこと。日本の社会に危機感がないから、援助交際が日本でのみ流行る。」と作家村上龍はみる。日本人、特に女子高校生があまり危機感を感じられないのは、「少女売春」より「援助交際」と呼ばれているからと理解してもいいであろう。自分のしていることは、売春とは違うと思う(または違うと思いたい)ので、援交の悪い点をはっきり認識できずにいる。
2003年、日本政府は児童買春の罰則を厳しくしたが、社会の援助交際に対する態度が変わらなければ、問題を解決できないと思う。援交を予防するために、まず親たちは娘との絆を強めることが大事だと思う。娘に欲しいものを買ってあげるのではなく、悩みを聞いてあげ、信頼関係を築こう。援交をやっている女の子は、自分が何をしているか気付いて欲しい。この世に、お金よりもっと大切なものはたくさんあることを忘れずに、自分のことを大事にしよう。そして、一番言いたいのは、買い手がいなければ商売にならないということである。何にしろ、そもそもこの市場を作り出したのは大人であり、そして買うのも大人なのである。少女を買う大人がいる限り、いくら法律を厳しくしても、援助交際がなくなるわけではない。だから、買った大人は、自分がどれほど少女を傷つけたかと反省すべきだと思う。そして、私たち自身も、「性」についてもう一度真剣に考える必要があるのではないだろうか。