
マイケル・ダナヒュー
「こっちは自由な国だから俺はゴミをどこでも捨てていいぞ!リサイクル?何だそれ!」という言葉は一般のアメリカ人の口から出ないと思うが、そう感じている人を僕はたくさん知っている。なぜあんな風にゴミを捨てる自由があると自分勝手に考えているのだろうか。それはゴミ問題についてよくわからないからではないかと僕が思った。国が広いアメリカではゴミ捨て場や処理場がどこにあるかわからないのでアメリカ人はゴミ問題を忘れがちである。資源も多い国なのでリサイクルは必要ないと思う人もたくさんいる。一方ではゴミをいつも分けていく日本人はゴミ問題を忘れるはずがない。場所がなく人口が多い日本はゴミ問題をよく感じ、その結果現在燃やせないゴミは外国へ送るという政策まで取ってしまった。 |
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ゴミ問題というのは一般廃棄物も産業廃棄物も意味に入っている。一般廃棄物の中の生活系ゴミだけをアメリカと日本で比べると、日本人は1日当たり一人1123gのゴミを出していて、アメリカ人は一般的に1995gを出している。その統計だけを見ると日本はかなりいいと思われるが、日本は発生するゴミの80%を燃やしている。ゴミを燃やすと大気に炭素を送って、地球温暖化を悪化させるし、ダイオキシンという発がん性物質も放出される。グリーンピースという国際非政府組織は「東京は世界のダイオキシンの州都だ」と2000年に発表した。リサイクルは上手に出来ているが、日本のゴミ問題はまだ大きな社会問題だと思う。それから、ゴミを燃やすとゴミの量は少なくなるが、環境にも人間の健康にも悪いので、ゴミを燃やすことはゴミ問題の対策としては、よくないと思う。 |
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結局日本と米国のゴミ問題は形が違うということだと思う。アメリカのゴミ問題の状況はあまり外から見えないのでアメリカ人は忘れてしまう。しかし、日本のゴミ問題に関しては現在の社会問題なので大目に見ることができないので、早めに日本は新しいゴミ問題の対策を考えなければいけない。発生するゴミの量についてはゴミが発生する前にどういう風に量を軽減出来るかをよく考えるべきだ思う。一般の廃棄物に対して発生抑制という対策は必要だ。従って、もっとリサイクルをしなければならない。日本ではたいていゴミの種類によって4つか3つに分けるが、もっと細かく分けている町もある。四国の上勝町というところではゴミを44種類に分けているそうだが、燃やすゴミの量は半分に減ったそうだ。今の自由にゴミを捨てているアメリカもそういう未来が待っているのだろうか。 |
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