
Wiki Project by Miki Nishitani
日本のお祭り!
日本人の精神性は昔と比べるとどのように変化してきたのかをお祭りを通じて調べる事と、お祭りが日本の社会にどのような影響を与えたのかを調べる事を目的として、日本のお祭りについてを調べることにした。インターネットや、日本人のインタービュー、
いろいろな情報を集め、次の点について考えた:
1.お祭りの紹介とアメリカとの比較
2.お祭りに対する興味
お祭りの紹介とアメリカとの比較
日本において、お祭りとは本来神をまつるためのものである。日本のお祭りは、現在日本各地におよそ5000以上存在するといわれている。現在の日本のお祭りの特徴としては、神社や寺院を舞台に行われるものがほとんどである。また、祭りの目的としては、豊作や大漁、健康や成功を祈るものが多い。
神事としてのお祭りは二つの面を持っている。これは、厳粛な場面と賑やかな場面である。厳粛な場面では人々は日常生活よりも厳しく、伝統や秩序を守ることを強く求められる。これはお祭りの意味や目的などを理解出来るという意味で、重要だと思う。日本のお祭りがユニークなのはこのような伝統的な場面があるからだと考えられる。
その一方、普段許されないような秩序や常識を超えた行動も、「この祭礼の期間にだけ」と言う気持ちで伝統的に許されるとする地方が多い。私は、厳粛さは大切だと思うが、一つ一つのお祭りの特別な点はこの賑やかさを楽しむ所から来ているのではないだろうか。参加者がお祭りを楽しんだり、子供達が面白いと思うのはお祭りの活気のお陰であるだろう。そのため賑やかな場面から「お祭りの騒ぎ」などの言葉が生まれたと言う。
お祭りの例:
① 徳島の阿波踊り:阿波踊りは8月12日~15日に徳島県徳島市で行われる盆踊りであると言う。この祭りは天地自然の神に捧げた踊りが起源とされているが、はっきりした起源は明確ではない。この祭りは400年の伝統を持ち、今も踊り継がれていると言う。
② 仙台七夕祭り:8月6~8日に仙台市で行われる祭りである。この地域は昔から、飢饉、冷害など多くの災害に見舞われていた為、この祭りには天や祖先の霊への祈りが込められていると言う。江戸時代初期、仙台藩藩主の奨励により、盛んに行われるようになった。これ以降も、大飢饉、2度の世界大戦など、人々の沈んだ気持ちを盛り上げるため、より一層盛大に行われてきた。
③ 岸和田だんじり祭り:岸和田だんじり祭りは9月14~15日に大阪府岸和田市で行われるだんじりと
呼ばれる山車を走らせる祭である。1703年、穀物が十分に取れることを祈願し行なわれた祭りが起源とされ、今も盛んに行われている。
だんじりのお祭り
日本で行われるお祭りとはどのようなものなのだろうか。なぜ、日本では伝統的なお祭りが各地にたくさんあるのだろうか。なぜ、日本に比べると、アメリカにはクリスマス、新年以外に、日本の「お祭り」のような地方のお祝いがあまりないのだろうか。そこから、日本人の精神性、アメリカ人の精神性について考えてみたいと思う。
日本人は、全体主義で団体性が強い民族だと言われている。団体の一員として生きていることを意識している日本人にとって、お祭りは、「集団の中での自己のアイデンティティ」を確認する重要な手段かもしれないと思う。厳しいルールに基づく行事を行うことによって、集団の中の役割を確認して、自分が社会の一員として生きているんだという喜びを再発見することも多いのではないだろうか。
その一方、アメリカ人は、個人主義で、個人性が強い民族だと言われている。個人主義を意識しているアメリカにとって、お祭りというもの、つまり一緒に何かを祝って参加するのが嫌いなのかもしれない。厳しいルールなどによって行事を行ったり、自分が集団の中の役割を確認するといったことはアメリカ人の間には嫌だと感じる人も日本より多いと言う見方もあるようである。
しかし、日本人は団体の一員として生きている考え方は昔からあるが、現代ではこのような一般的な意見は変化していくようである。例えば、日本人の仕事の意識に関しては、1950年代にソニーがラジオを作って、アメリカに来て売り始める時に従業員達は日本再建のために一緒に協力した。企業戦士たちは会社の一員としてチームワークを強めたので、結局製品は海外に売れて成功した。けれど、現代の社会問題の一つで、ニートなどの人々の数は増えている。この人達は仕事やボランティアもしないで、昔からある全体主義の意識がなくなって来ているとも言える。また、日本では地方の皆とお祭りを祝うのは有意義なことであるが、人は次々個性を重視することになっているようである。
アメリカのカウンティー
・フェスティバル
まだ240年の歴史しかないアメリカと比べると日本は2000年という長い歴史がある。その長い歴史のある日本には、各地にある神社に古くから伝わるたくさんの神々が存在すると言われている。それらの神様は、イエスキリストと違って姿がない。例えば、太陽の神、月の神、木の神、水の神などの神があって、それぞれに神の姿を与えている。そのことからも古くから日本人は多くの神に感謝を捧げながら、生きてきたことが分かる。その神への感謝の仕方が祭りとなって今に伝わっていると思う。
インタビュー1
コメント:
私の親の話によると、お祭りへ行っていた理由は神に感謝するためではなく、だた友達と楽しむことであったそうである。少し驚いたが、お祭りは何百年も前からある。そのイベントを楽しむために行くのはあまり最近なことではないだろう。また、皆は宗教的な人ではないからのこともあるだろう。宗教的な人ばかりだったら、お祭りはただ町の伝統的なお祝いになる。そして、慣習を習いながら楽しむこと以外に行く目的はないだろう。母が小さいころから行っていた盆踊りは私も行ったことがあるので、かなり楽しいお祭りだと思う。この盆踊りはいろいろな所にあるが、一つ一つ少しは違うと考えられる。
お祭りに対する興味
現代社会では、地方の若者たちが仕事を求めて都会に出て行くことは多い。その結果、昔からあるお祭りに参加する地方の人々の数は減ってきたのである。また、お祭りの伝統を存続する人達が減少した。その一方で、日本の大きいお祭り、例えば東北のねぶた祭り、七夕祭り、京都の葵祭りなどは地元の人より、そのお祭りを見に来た観光客のためのお祭りになり、観光客のために席を設けて収入を得ているという。それに、そのお祭りの規模が大きくなると、お祭りを見るために観光客が集まって、町のホテル、レストラン、みやげ物屋などでお金を消費してくれるので、町の活性化につながると言う。
そのようにその町にとって経済的にはいい影響を与えてきたが、観光客ばかりがお祭りを見ると、本当のお祭りの目的から離れて行くかもしれない。
例えば、東北の秋田県で行われる伝統的な民族行事に「なまはげ」と言うのがある。もともと、地域の若者が神の使いの「なまはげ」に扮装して民家を回る習慣であるが、男鹿市のある温泉郷では50年以上前から、宿泊客になまはげを紹介している。今年も、温泉郷の周りの2つの町内会がそれぞれ5~6人のなまはげのグループを2組用意していたが、その中の一人が規則を無視し、無謀なことをしたと言う。
12月31日に、その一人が女性の温泉に侵入し、入浴中の女性客数人の体に触っていたことが分かったのである。この人は県外の20代の男で、酒に酔っていたそうである。体を触られた女性たちからの苦情を受けた関係者は謝罪し、事態は収まったが、この若者の行為はなまはげの本当の主旨から程遠いもので、この行事の伝統に汚点を残した。関係者は
「振る舞い酒を実際に飲むか、飲まないようにするかなど、なまはげのやり方自体も今後、考えなければ」としており、大きな波紋が広がっているそうだ。
なまはげ
このニュースを読んで、私は驚いた。お祭りの本当の意味を無視し、そのような無謀なことをしたのを初めて聞いたからである。時代が少しずつ変化して行くことは理解できるが、お酒を飲んだりして騒ぎを起こすとお祭りの伝統に傷をつけるので、その町の文化に悪い影響を与えるはずである。このような状況が増えると、お祭りに参加する人達はこれから減っていくかもしれない。また、時代が変化していくと、社会に技術が多く使用されると物質主義の生活様式になることはよく見る。その結果、お祭りに関する商品が売り出されるので、それを見た若者はお祭りに参加することになることもあると言う。しかし、お祭りの歴史などを知らないで、本当にお祭りの意味を分かっている人と言えるのだろうか。それぞれのお祭りの地域の若者達が昔からの伝統などを少しずつ学んで、参加者は増えていくのではないだろうか。
時代の変化によってお祭りの目的が参加者達の興味とは離れて行くのは言いすぎではない。行事の内容も社会環境の変化などにより変更を避けられないお祭りもあると言う。その結果、お祭りを行うことそのものが目的に取って代わっているような祭りも多く、このため、見物する人や参加する人にはお祭りは町のパーティー、友達と集まって楽しむことという目的しか持てないことが多くなってきたと思う。そして、「お祭りのために仕事を休む」ということは、「お葬式のために休む」ということなどと比べると理解が得られにくい状況になるだろう。
このような社会変化はあるが、どうしたら昔のようなお祭りに対する意識を取り戻せるのだろうか。現実的に、昔のように神に感謝を捧げるためだけにお祭りに参加するというのは無理だと思う。日本は近代的な国になっているので、社会の変化は当然である。その結果、歴史を大事にしないと忘れていくのかもしれない。しかし、若者達に少しずつそれぞれの町のお祭りや他の文化の特徴を教えたら、伝統などを学び、少しは残っていくのではないだろうか。
少しの弊害があるとも言えるが、お祭りに対する興味の変化は社会にとっていい変化であると思う。どんな方法でもいいから都市内の人達の結束を固くすれば地方のためになるだろう。それは今まで様々な伝統やそれぞれのお祭りの活動が続いているだけで素晴らしいことだと思う。地方でお祭りが行われると、町の人達の共同社会としてのきずなが強くなると思う。昔の歴史を思い出して神に感謝することももちろん大切であるが、お祭りで人々が集まったらその町は一つである、皆はその特別の町の一員であると言うことに感動するだろう。大きなお祭りにたくさんの旅行者が来るが、市外の人達は他の参加者を知らないのでこのような同じ気持ちを持つのは難しいと思う。しかし、アメリカに住んでいる私は、日本の町のお祭りを見に行って参加してみたいと感じている。
インタビュー2
コメント:
父親という点でお祭りは日本にいい影響を与えていると言っていたが、悪い影響を与えているという意見を持っている人はなぜそう思うのだろうか。おそらく、お祭りは人々の生活様式の西洋化を阻害するという意見もある。しかし、社会の他の部分を現代的にするとお祭りは日本の地域の伝統を持続する物の一つであると思う。それに、一つ目のインタービューのように親達は、お祭りの参加者の数が増えていって欲しいと言っていた。この質問を若者に聞くとどう答えるだろう。これは、お祭りに参加して経験したことがあるかによるが、おそらく、若者でもお祭りでは楽しめるから増えていくと思うだろう。
参考文献
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%AD
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%B8%E5%92%8C%E7%94%B0%E3%81%A0%E3%82%93%E3%81%98%E3%82%8A%E7%A5%AD 「岸和田だんじり祭り」、歴史と曳行http://apple3.cool.ne.jp/nishi/tokushima/awaodori.htm 「徳島の阿波踊り1」http://www.nicer.go.jp/lom/program/search/lomdetail.php?lomid=ipa-gz.0000000000000000000008879
「この学習情報の説明」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%AD
http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20080113-306478.html
「男鹿温泉エロなまはげ、女湯に乱入お触り」